井上晃宏氏(医師)のブログエントリー「口蹄疫殺処分は、食肉輸入の非関税障壁を維持することが目的である」に対する指摘

新聞をやめて半年ほどになる。ネットでしかニュースを読まなくなったためだ。
新聞紙が山積みになることもないし、新聞代も払わないでよい。
ネットでニュースを読むのは便利なのだが、ネットで読むニュースは要約が主体で、じっくりと読むには物足りない。


BLOGOSという識者がネットに書いたコラムをまとめて載せているサイトがある。

http://blogos.livedoor.com/


ネットのニュースでは物足りない気持ちを満足させてくれる、新聞における特集記事や社説のようなコラムがあるサイトかもしれないと、読み出していたのだが、先日、ひどいコラムを見つけた。それは、木村盛世氏のブログに匹敵する香ばしい内容であった。


口蹄疫殺処分は、食肉輸入の非関税障壁を維持することが目的である 井上晃宏(医師)」

http://news.livedoor.com/article/detail/4797913/
http://agora-web.jp/archives/1023695.html


BLOGOSなんていうもっともらしいサイトに掲載されいるので、信じてしまう人もいるかもしれない。
それでは困るので、おかしい点を指摘してみた。


なお、6月4日のBLOGOSに、井上晃宏氏に続いて、かの木村盛世氏のブログ「口蹄疫問題を考える—危機管理の立場から—vol.4—」もエントリーされている。

http://news.livedoor.com/article/detail/4808744/


さらに、井上晃宏氏と近い意見である堀江貴文氏のコラムもエントリーされている。

口蹄疫のこと」

http://news.livedoor.com/article/detail/4788166/


口蹄疫のワクチン接種をすすめるこれらのコラムを記載したBLOGOSの編集部は、明らかに意図してやっているのだろう。


さて、指摘してみる。(またもや、誤字脱字悪文、ごめんなさい。)


口蹄疫殺処分は、食肉輸入の非関税障壁を維持することが目的である 井上晃宏(医師)」


>関係者には周知の事実だが、マスコミの不勉強のために報道され
>ない事実がある。

>口蹄疫ワクチンが存在するのに、接種されず、殺処分ばかりやっているの
>は、非関税障壁を維持したい畜産業界と、それに結託した(自民党時代の)
>農林水産行政のせいである。もちろん、赤松農林水産大臣とも、民主党政権
>とも関係がない。



口蹄疫清浄国において、口蹄疫が発生していない平常時に口蹄疫ワクチンが接種されることはない。
清浄国におけるワクチン接種は緊急時のみであり、それは、今回の宮崎県における発生で実施したように感染が拡大した場合にその拡大を抑制するために、感染地域の周辺にリング状に接種する場合に限られる。

井上晃宏氏は、「口蹄疫ワクチンが存在するのに、接種されず殺処分ばかりやっている」と述べているが、投稿された5月30日の時点で緊急ワクチン接種は実施されている。
このため、井上晃宏氏がいうワクチン接種とは日本国内において平常時に口蹄疫ワクチンを接種してこなかったのが問題と考えているらしい。

それでは、国内で口蹄疫ワクチンを接種してこなかった理由は何か。

そもそも口蹄疫国際獣疫事務局(OIE)が最も重要な家畜伝染病(リストA疾病)とするほどの強い感染性を持ち、産業動物としての家畜の価値を無に帰すような恐ろしい疾病である。
今回の宮崎県の例でわかるように清浄国に一旦進入すると大変な被害が発生する。
このため、OIEでそのコントロール方法が定められている。
その方法は、口蹄疫清浄国においては、感染家畜やその同居、疫学的関連家畜の殺処分がまず第一の方法である。「殺処分ばかりやっている」のは、口蹄疫の感染拡大に対し、この方法が最も効果的であるからだ。
ワクチンの使用は、先に述べたように、感染拡大防止のため発生地域周囲にリング状にワクチンを接種するというように限定されている。

ワクチンを積極的に使用しないのには、以下の理由がある。

(1)ワクチン接種により家畜が獲得する抗体と、口蹄疫ウイルスに感染して家畜が獲得する抗体との区別できない。すなわち、家畜が口蹄疫ワクチンを接種していると、その国が口蹄疫清浄国か非清浄国かの区別ができなくなる。
(2)接種すると口蹄疫の発症はおさえられるが感染は完全におさえられないため、見た目は元気であるが新たな感染源となる動物(キャリアー)がでてくる。
家畜だけではなく、野生動物にも感染を広げる可能性がある。
(3)口蹄疫非清浄国の中国、台湾や南米の国では自国でワクチンを生産しているが、清浄国であった日本は口蹄疫ワクチンを国内で生産していない。ヨーロッパから購入して備蓄している。この備蓄も、あくまで口蹄疫発生時の緊急使用用の備蓄である。
口蹄疫清浄国で常時全頭接種したいからワクチンをもっと欲しいと要求しても、口蹄疫発生時の緊急用のワクチンをそんなことに使えるか馬鹿野郎と言われるだろう。
(4)ワクチン接種には手間がかかる。人間のように簡単に集団接種できない。注射打つからねといっても家畜はじっとしてくれない。保定が大変なのだ。
また、現在のワクチンは効力が持続するのが6ヶ月で、常時接種するとなると一年に二回接種が必要となる。母豚なんて、年間20匹以上、子豚を生むんだよ。
(5)FMDウイルスには7つのタイプがあって、たとえば、今回の宮崎県のOタイプウイルスにはOタイプ用ワクチンしかきかない。Oタイプ用ワクチンを打っていても別のタイプのウイルスが進入したら感染発症する。


というわけで、「口蹄疫ワクチンが存在するのに、接種されず、殺処分ばかりやっているのは、非関税障壁を維持したい畜産業界と、それに結託した(自民党時代の)農林水産行政のせい」などという低いレベルの話ではないのだ。


>さて、ここで皆さんにうれしいニュースをお知らせいたします。それは6
>月9日の北海道での終息宣言から3ケ月が経過したわけですが、その間新た
>な発生がなく、また今回の発生時には蔓延防止のためのワクチンを使いませ
>んでした。そこで、畜産局衛生課は国際獣疫事務局(OIE)に対して日本
>における口蹄疫清浄化復帰を宣言し、日本時間の昨晩(9月26日)OIE
>の口蹄疫委員会からもその認定をかちとることができたとのことです。発生
>以来半年といった短期間での清浄化が達成できました。これは世界的にみて
>も快挙であり、オリンピックならさしずめ金メダルといえるでしょう。わが
>家畜衛生関係者にとって誇るべき防疫活動の結果を皆さんに報告し、喜びを
>分かち合いたいと思います。

> 平成12年9月27日
> 家畜衛生試験場長 寺門誠致


>10年前の文章である。「ワクチンを使いませんでした」という言葉に着目
>してもらいたい。素人には何のことだかわからないだろう。大抵の伝染病と
>同じように、口蹄疫もまた、ワクチンを使った方が、安いコストで蔓延を防
>げることは明白だからだ。



この方は素人だから、何もわからなかったのだろう。
先に示したように、平常時に口蹄疫ワクチンを接種することは、コストを論ずる以前に問題があるのだ。


>「清浄化」という言葉もある。これも、素人にはよくわからない言葉であ
>る。単に口蹄疫が発生していないという意味ではない。「新たな発生がない
>上、ワクチン接種すらしていない」という意味を含むのである。
>なぜ、ワクチン接種の有無が問題になるのか。「清浄国」なら、「清浄国
>」に対して食肉を輸出できるばかりか、「汚染国」からの食肉輸入を禁止で
>きるからである。



先に記したように清浄国において、ワクチン接種をしていないのは、まず、口蹄疫ウイルスを広めない、撲滅するためという理由がある。
なお、これが結果的には、清浄国にとって非清浄国に対する非関税障壁となる。
ただしやはりこれは二次的なもので、真の目的は口蹄疫ウイルスを撲滅すること。


>輸出入の差額から考えれば、明らかに、後者の目的が主である。ところが、
>報道では「和牛の輸出ができなくなる」という話ばかりだ。
 
>結局、一連の口蹄疫騒動は、非関税障壁を維持するために、ワクチンをあ
>えて使わなかった畜産業者と農林水産行政当局とが、自分で招き寄せた災害
>なのだ。
 


ワクチンを使わない理由が井上晃宏氏が主張する低いレベルの話ではないことは示したとおり。
畜産業者と農林水産行政当局に、ワクチンを使う使わないなどという選択肢はない。使えないのだ。


>私は、口蹄疫という病気による被害よりも、この非関税障壁が撤廃される
>ことによる、食肉価格の値下がりの損害の方が大きいんじゃないかと思う。



今回の宮崎県ではワクチンを使用してしまったので、清浄国への復帰はしばらく時間がかかるだろう。
正直なところ、復帰までの間に、非清浄国から食肉輸入がどうなるかは私にはわからない。
ただし、あくまで、日本の一部地域で口蹄疫が発生しているだけで、他地域は清浄であること、これまで清浄国であったことから、全面的に輸入が解禁されて非清浄国から食肉がはいってくるとは考えにくい。
このため、食肉価格が値下がりすることはないと思う。


>しかし、食肉価格の値下がりは、生産者にとっては損失となるが、消費者
>にとっては利益となる。日本が、口蹄疫「汚染国」になったことは、必ずし
>も悪いことではない。



日本が清浄国へ復帰するまでの間に、非清浄国から安い輸入肉がはいってきて食肉価格が下がるかどうかは上に記したように現時点では不明。
また、口蹄疫ウイルスを平常時から国内の家畜に全頭接種するという選択肢は先に記した理由でない。
このため、日本が非清浄国になって、発展途上国が大部分である非清浄国から、安い輸入肉がはいってくる可能性もない。
また、宮崎県の例でわかるように、口蹄疫発生は多大な被害をもたらす。
国民にとって悪いことである。


>(補足) 豚コレラも、ほぼ同じ状況である。



コレラは、強い伝染力と高い致死率を特徴とする敗血症型の豚のウイルス性疾病である。口蹄疫と同様にOIEのリストA疾病である。アメリカとイギリスは20世紀中に清浄化が宣言されている。日本は、2006年にこれまで接種していた豚コレラワクチン接種を中止し、豚コレラ清浄国になっている。
つまり、口蹄疫と同じで、国内で発生がないこととワクチンを接種していないことが清浄国の条件となっている。


>(補足2) 口蹄疫ワクチンが使用できない理由は、有効性が低いからでは
>なく、畜産業保護のためである。



口蹄疫ワクチンが国内で平常時に使用できない理由は、ワクチンの使用により感染家畜の摘発が困難になる等様々な問題があるためである。
なお、口蹄疫発生がなく、ワクチン接種していなければ、清浄国となり、結果的には、国内の畜産業の保護にはつながるという側面はある。